再びキブツ生活(12)

 7/21(木)押方恵師が「群」誌、神学校教師会の議事録とお便り(教団の動静)を送って下さり受け取った。日本からの便りは嬉しい。直ぐに返事を書いて送った。

 夜、ヘブライ語を暫く教えて下さっていたドフ氏がちょっと部屋に来ないか、と招いて下さったのでお邪魔をした。彼はイスラエルではインテリ階層の人物で日刊誌の論説も書く。彼は私が聖書を信じる者と知っているので、次のように語り始めた。

 「アブラハム、イサク、ヤコブは実在した人物ではない。イスラエル人がエジプトに行ったこともない。エジプト王朝がヒクソス(セム族、エジプト人はハム族)の時代に彼らが礼拝していた神の名がヤアコブであった。

 トーラー(律法、創世記から申命記)は多分ネヘミヤからマカベア時代、ユダヤの歴史の沈黙時代(旧約と新約の中間時代)に創作されたのだ。9月の新年祭とヨム・キプール(大贖罪日)などは預言者や諸書のどこにも見い出されてないのがその根拠の一つである。それらはネヘミヤ時代の後にバビロンの暦から取り入れたのだ」と断言した。

 私はリベラルな神学者たちがこういう説を主張していることを既に知っていたので別に驚くことなく「私はそうは思わない」と明言し、私が信じ理解しているところを彼に語った。ドフ氏はすでに80才を超えていたので、何とか福音を伝えたかったが、学者を自負する彼を納得させることは難しかった。