8月6日(土)、午前中は11日(木)にイスラエルに来る妻たちが滞在する部屋を整える作業をした。安息日のスペシャルランチを食した後、キブツ内を歩いていると一人の男性が語りかけてきた。
彼は以前運転手をしていたが、事故に遭い負傷した為手術をしたが、その費用が何と5,000万円も要った。それが現在のキブツ・マアニットの大きな負担となっていて彼は肩身が狭いのだという(そう言えば、このキブツはとても貧しく食事も他のキブツに比べるとかなり質素だという)。
それで彼は以前のように働くことが出来なくなったので、キブツ内に果樹を大量に植えることによって貢献しようとしているのだと言い、目の前の背丈1m程のなつめやしの木を指して「これらはみな私が植えたものだ」と言った。
それから彼は「今、私の家に日本人が来ている」と言い、来るように勧めたので、私は驚いて彼について行った。部屋に入ってみると日焼けした一人の中年男性が椅子に座っていた。彼は鈴木重義という考古学に携っている人であった。丁度、ハツォール(士師記4:17)の発掘を終えたところで明日からベトシャン(サムエル記上 31:10)の発掘に行くのだと言う。
彼は 1973年に日本キブツ協会からイスラエルに来て 1年半滞在し、その間へブライ語を学んだ。その後イギリスへ3年、そして 1980年再びイスラエルに来て 6ヶ月間ウルパン(ヘブライ語学校)で学び、ヘブライ大学に入学し、それから考古学に携ってイスラエル中を発掘し、日本で講演もしているという。