独りヴォランティア(19)

 ベツレヘムの羊飼たちが飼葉桶に寝かされている乳飲み子を捜し当てた 1000年前、この野原では少年ダビデが羊飼をしていた。(サムエル上 16:1、11-13)山坂の多いこの様な野で育ったダビデは足腰の丈夫な少年であり、野獣から羊を守ることが日常の務めてあったため精悍(せいかん)な男子であったであろう。そしてこの様な環境が彼の性格や信仰を育んだのだ(同 17:34-37)。

 彼の曹祖父母ボアズとルツはこの野で出会い、ルツはこの野で落穂拾いをしたのだった。捨った大量の麦の袋を担いで義母ナオミの所に戻るのには大変な労力を要したことであろう。何しろこんな坂道なのだから(ルツ 2:1-19)。更にその1000年近く前には族長ヤコブの愛妻ラケルが若くして死にベツレヘム近くの街道添いに葬られた(創世記 35:16-26)。メソポタミアのハランの地からサマリヤのシェケムまでの長旅、ベニヤミンを身ごもってシェケムからネゲブに向かう旅の途中での出来事である。妊婦にはこの旅はあまりにも厳しかったのである(主イエスの母マリヤも)。

 このようなことを心に思い浮かべながら、小型のラジカセから流れてくるバッハのパストラルシンフォニー(牧歌曲)をシャロンの野の中で聴いている私は、何千年の時空を超えて働いている神の不思議な御手の中に自分も守り導かれていることを全身で感じていた。それにしても室内のなんと暑いことか。すでに真夏である。未だ 4 月初旬なのだが東風のせいである。