会堂横の通路は十分な広さがあり、床は土のままで中央にオリーブ搾り用の巨大な石器が置かれている。その横には床に油槽が掘られており、そこに不思議な形をした長い木製の器具も設置されてある。
天井は岩を刳り貫いた凸凹だらけのドーム型になっていて、この場所が以前は住居に隣接した作業場であったことが判る。更に奥の方へ歩いて行くと左側に床の高さが私の顔の辺りの小礼拝室があった。とても清潔で静まるのに好ましい空間であるが、ここには入ることが出来ず、この通路もここより奥には入って行けなかった。
この土地はフランシスコ会が所有管理している。この敷地を出て周囲を歩いてみることにした。古い洞窟やアラブ人のものと思われる多くの墓や発掘されていないまま大半が土に埋まっているドーム状の建造物の上の部分が露出している。
この教会堂のすぐ上に位置する場所には半ば崩れてしまっている石を積み重ねた塔の廃墟があり、不気味な姿を曝している。ベタニヤの人々はここをライ病人シモンの家の跡(マタイ26:6)と言っているが、十字軍時代のものだそうだ。
ベタニヤには殆んど考古学的な発掘調査が成されていないのが残念だ。その殆んどが私有地で今もアラブ人が住んでいるのだから仕方ないのであろうか。