独りヴォランティア(38)

 4/29(金)体重が減り続けているので食べるように努めているため、胃に負担が掛かかっている。唇の左脇が荒れ始めた。

 4/30(土)今日は安息日だがびわの果の注文が入ったので早朝から収穫作業をすることとなった。胃が悲鳴をあげ始めた。神経性急性胃炎だ。睡眠が不足すると何時も起こる。食べるものを控えて休む他ない。午後(作業後)薬を服用すると胃の痛みは治まった。S 病院で処方して貰ったものを日本から持参していたものである。この薬は私にはよく効くのでとても助かっている(現在も)。

 5/1(日)作業後、聖日礼拝の時を持つ、創世記を読んで祈る。祈りと黙想の中で「私は今、ここでこんなことをしていていいのか。家族があり、(教会での)働きもある。」という思いが過る。しかし直ぐに「だが今の時も又必要なのだ。今、私には分からないが、後になれば主の御旨だったときっと分かる。主が開いて下さった道なのだから(ヨハネ13:7)。アブラハムの25年間(75〜100歳)も、ミディアンのモーセも、エジプトでのヨセフもサウルからの逃亡中のダビデもさぞかし同じであったろう。永遠者である主と結ばれているのだから、すべてを委ねることが最善なのである」という確信が訪れて来た。かって神は、ヨセフを唯一人でエジプトに送られた。奴隷として売り飛ばされて…。しかし、主はヨセフと共に居て下さった。そして今私は独りでこのキブツに居る(創世記 39:2、21)