独りヴォランティア(42)

 5/10(火)畑でのこの日の作業が終わって庭で白髪の老人と親しく談じた。彼は40年程前にチェコから帰選したという81歳になるドフ氏。彼は私が庭で作業をしていると、よく声をかけて下さった人である。明日もチェコから帰還してくる人々がいるという。彼が言うには「エジプトの現在と昔とは違う。今はアラブ人に支配されているが、昔(2000 年前)は黒人(コプト人)の国であった」「アダム(人・赤土)のダムは血という意味」等等。

 5/11(木)午前3時過ぎから何度も目が覚めてしまう。仕方なく目覚し時計が鳴る前に起床した。それは窓の外からの小鳥たちの囀り声が中途半端でないからだ。一羽一羽の囀りはとっても愛らしく綺麗なのだが、その数が(音量が)凄いのだ。その上に遠くの鶏舎から雄鶏の鳴き声まで聞こえてくる。未だ明け方前の三時台なのに・・・。

 主イエスが「朝早くまだ暗いうちに・・・起きて・・・祈っておられた」(マルコ 1:35)にも、この様な天然の目覚し時計によるものであったのではないか、と思わせる。この日の仕事場であるびわ畑の柵の中に雑草を食べさせるために一頭のロバが放たれていた。彼女の名はムタールでヨハナンに懐いていた。