最後の2週間(6)

 糞門の前をそのまま通過して城壁添いに東へ歩いて行くと、道はそのまま東から北へ弧を描いてカーブしているが、城壁は直角に北側に折れ曲がり、数十メートル先で再び東に折れて、キドロンの谷の手前で北側に向って折れ曲がっている。

 この城壁が凹んだ部分が旧約聖書でオフェルと呼ばれる丘の遺蹟である(歴代下 27:3,33:14,ネヘミヤ 3:26,27)。ここには神殿の使用人たちが住み、高い城壁で囲まれ神殿を守る砦とされていた事が録されている。

 この区域は地下深くまで発掘されていて多くの建築跡を見る事ができるが柵に囲まれて中に入ることが出来なかった。この直ぐ北側にはムスリムのエル・アクサ寺院が建っていて黒いドーム屋根を見せている。

 私たちは道なりに歩いて北に向かって行く。左側には城壁、右側にはキドロンの深い谷とその向うにオリーブ山を見ることが出来る。キドロンの谷には多くのオリーブの樹々が植えられている。

 その直ぐ向う側にはゲッセマネの園と万国民の教会堂が見え、この景色は素晴らしい。私たちはライオン門(ステファノ門)まで歩いて、そこから東へ下ってキドロンの谷を渡り、ゲツセマネの園の前で一休みし、屋台でオレンジを目の前で搾ってジュースにして売っているアラブ人から紙コップ一杯のジュースを買って飲んだ。

 この辺りは初代エルサレム教会の執事ステファノが殉教した地と伝えられ、キドロンの谷に記念会堂が建っている。(使徒7:54-60)。その少し北側の谷にはマリヤの記念堂(墓がある洞窟の上に建てられている)がある。多分ゲッセマネの園の所有者であったマルコの母のマリヤの墓であろう。ひと休みした私たちはゲッセマネの園と万国民の教会堂を見学した。(マルコ 14:32-52)