ベタニヤ村の土産物店の主人はこの村の有力者サイード家の人であった。前掲書によれば四次に亘る中東戦争では常にパレスチナ側に立ってイスラエルと戦い、何人もの戦死者を出したという事である。
彼は私に「ベツレヘムやへブロンに行く時は私のタクシーを使ってくれ」と言って名刺を手渡した。それからタクシーはオリーブ山麓を時計回りで西側に行き、ゲッセマネの園の前で左折し、キドロンの谷の石橋を渡り、石畳の細い通路を上ってライオン門のすぐ前まで私たちを運んでくれた
道幅ギリギリの道を門前まで送ってくれた運転手に感謝しながら支払った運賃は3人分で 150円ほどであった。車はそのまま 100mほどの細道をバックで戻って行った。私達はその門から城壁内(旧市街)へ入った。
次の目的地はベテスダの池である。歩いて1分程の聖アンナ教会の敷地内にある。この教会も昼休みが3時まであり閉館している。開場まで30分あったので門の直ぐ近くの店でアイスキャンディー(1シェケル)を買ってベンチに腰を掛けて食べながら待つことにした。
3時になって聖アンナ教会に行き入口で入場料を支払い英文の小さなパンフレットを貰って入った。多くの人は左側の会堂へ入ってゆく。聖アンナは主の母マリヤの母、即ち主イエスの祖母にあたる人物である。私たちはここには入らず右手にあるベテスダの池の発掘された遺蹟の方に向った。