ベテスダの池跡を見終えて、通りに出た私たちは、その通りの200mほど先の右側にある「エッケホモ教会」を目指した。古い石畳のゴツゴツした道の向う側にはアーケードのように道をまたいで石のドームが橋のように架っている。
教会前まで来て玄関から中へ入ったが、誰も居ないので勝手が分からず、それ以上中へ入って行くことができなかった。「エッケホモ」はラテン語で「見よあの男を」を意味する言葉で、ローマ総督ピラトが主イエスを指して言った言葉である(ヨハネ19:5)。
今はカトリックの「ノートルダム・シオン女子修道院」となっているが、昔はピラトの官邸があった場所で中庭の石畳にはローマ兵が刻んだと思われるゲーム跡も残されている(同19:24)。
主イエスが裁判にかけられた”ガバタ”(敷石)はこの場所とされている(同19:13)。写真では何度も見た事があったが、是非とも実際にこの目で見てみたかったが残念であった。(後年のモニターツアーでは急ぎ足ではあったが見ることができた。)
仕方なく私たちはそのまま北に向かいダマスコ門から城壁の外に出て園の墓へ行き閉園の 5時までそこを見学したり休憩したりしていた。園の墓は以前書いたので省略するが、ここでも”神の幕屋(原始福音)”の青年グループが集会していた。
そこからホテルへ戻ったのは夕刻の 5時半であった。朝から9時間の旅であった。夕食後・・・